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道ごころ 平成21年9月号掲載
要(かなめ)は下腹
 今年の春先、岡山市内のある会議で同席したかねて親しくしている人が、体調を崩しているというのでご一緒して病院に急ぎました。その車中、激しい息遣いにふと見ますと、その顔は朽ちたようなブドウ色になり手の甲も同じような色になっていました。私はとっさに祈りお取り次ぎしますとともに、親しいがゆえですが、「ここで死んでもらったら困るな。病院に着くまでは死ぬのを待ってくれ……」と言いましたら、彼は腹を抱えて笑い出しました。すると見る見る顔や手のブドウ色は消え失せ、激しい息ながらも顔色はよくなり、「もう大丈夫」との声まではっきり出せるようになりました。勿論(もちろん)、病院にお連れして直ちに診てもらいましたら、肺炎で肺の多くが冒されていて入院ということになりました。ひと月足らずで退院し、程なく元の元気に戻られましたが、あの時の豪傑笑いが一命を取り留めたのだと笑い合いました。
 「笑いは祓い」との御教えのように、笑いは心の罪けがれを祓い身体の調子も調えてくれるということを、かねて申し上げていることですが、ここまで顕著な笑いの力を目の当たりにしたのは初めてでした。笑い、しかも腹を抱えて笑うような笑いは、心の祓いはもとより100パーセントの呼吸、完全呼吸のできる元であることを彼は身をもって示してくれたのでした。
 笑いを医療の上でも取り入れる病院やお医者さんが次々とあることは、かつてこの項でも紹介したことがありますが(平成17年7月号)、今日、「笑いの療法士」なる資格者を育成するほど、笑いの効用を重んじているようです。それは、笑いは心を和らげ明るくし、ストレスの解消と同時に、声を上げて笑う笑いはよい呼吸ができ、しかも免疫力を高める効果があるということが分かってきたからだといわれます。
 これとても宗教の世界では珍しいことではなくて、宗教という宗教は祈りの詞(ことば)を持っていて、いずれも下腹からの声で息継ぎを長くして唱えます。祈りの副産物かもしれませんが、下腹で息をするところに生まれる完全呼吸が心を鎮め身体を調え、私たちで言うならばご神徳をいただく受け皿をしっかりとしたものにしてくれます。
 実に下腹こそ神秘の世界で、わが国心療内科の創始者池見酉次郎(いけみゆうじろう)先生は「肚(はら)・もう一つの脳」とまで言って、肚=下腹を養うことの大事を訴えてこられました。下腹には様々(さまざま)な臓器がありますが、最も大きく場を占めているのは小腸と言えましょう。今日の医学では「小腸は免疫のコントロールタワー」とまでいわれているようで、改めて「下腹で息をせよ」「御陽気をいただきて下腹に納めよ」の御教えが強く迫ってまいりますし、高弟星島良平先生の「起きがけと寝がけと腹を二百ずつさすり下してみたま鎮めよ」の道歌が蘇(よみがえ)ってきます。しかも、この小腸の活動を弱め炎症まで起こさせる元凶はストレスだといわれています。罪けがれというストレスをいかに祓うか、心の祓いの大事を改めて思います。

教祖神は、
「道は満(みつ)るなり。天照大御神の御分身(ごぶんしん)のみちて欠けぬよう遊ばさるべく候(そうろう)。人は陽気ゆるむと陰気つよるなり。陰気かつときはけがれなり。けがれは気枯(きが)れにて、大陽(だいよう)の気を枯らすなり。そのところから種々いろいろのこと出来(しゅったい)するなり。何事も有り難い有り難いにて、日を送りなされ候(そうら)えば、残らず有り難いに相成り申すべきなり。……」(御文143号)
と御教えになり、また、
「……常祓(じょうばら)いと申すことをお忘れなされず、これを生かしてつかい申し候(そうら)えば、ほかに道はござなしと存じ奉(たてまつ)り候(そうろう)。ねてもさめても御心の祓い一筋にござ候(そうろう)。けだいなく祓い給わば心ばかり、心はこごるなり、ほこるなり。かの日月(じつげつ)なれば、我なきところにいたり候(そうろう)なり。我なきはまことの日月(ひと)なり。しれたことながら申し上げ候(そうろう)。いよいよ御生かしおつかいなさるべく候(そうろう)」(御文2号)
と説かれるのです。
 御道信仰は「ありがとうなる」こと、今流に申せば、感謝と感動の心を常に求めることです。これこそ、心生きて祓い切られた心であるわけですが、そのためにも大切なことは、下腹、丹田(たんでん)を養うことです。
 実は、私たちの祈りはすべて下腹を中心になされていることが分かります。お祓いを上げることも、毎朝の御日拝の中心をなす御陽気修行も、また鎮魂(ちんこん)の行もしかりです。「道の理(ことわり)」の一条「御陽気をいただきて下腹に納め、天地と共に気を養い」は、その極致です。
 ここで改めて、下腹で息をすることの大切を身をもって再確認していただきたく存じます。
まず、正座か胡座(こざ)(安座)して下さい。女性の場合は亀居(かめい)でもよろしい。あるいは椅子(いす)に座ってでもよろしい。いずれの場合も添"腰骨"を立てて、頭の上に一冊の本を置いているような思いで座って下さい。そこに自然に背筋が伸びます。
ここで肛門(こうもん)を締めますと肩の力が自然に抜けます。
おへその下、5センチの辺りに意識を集めて、そこを後ろへ、背中にひっつくほどへこませて下さい。おのずから自然に息が口から出ていきます。この息が出ていくとき、いわゆる息を吐くときに声ならぬ声でわが身の奥深くに語りかけるように「ありがとう……」と唱えて下さい。息を出し切ったところで口と肛門を閉めます。そしてそれをバネにするように下腹を前に突き出します。息は自然に鼻から入ってきます。
 この繰り返しがいわゆる丹田呼吸です。この呼吸法で息を吐くときに言葉が付いてくるのがお祓いを上げるということであり、この呼吸法で口を開いて息を呑(の)み込みながら御光を呑み込んで下腹に納めるのが御陽気修行です。
 この呼吸法でお祓いを上げるときに、お祓いの声はおのずから下腹から湧(わ)き出るようなものとなり、それはすなわち御神前を真っすぐに射るような、温かくも強い大祓詞(おおはらえのことば)となります。
 またこの呼吸法で空気を呑み込みながら御光をいただく御陽気修行のためには、口中に少し空気を含んで唾(つば)と一緒に飲み込むことから始められればよいと思います。一度お腹に空気を呑み込むことができますと、あとは楽にできるようになりましょう。
 まずは、「御陽気をいただきて下腹に納め」るべくつとめていただき、いずれさらに「天地と共に気を養い」始められて、御日拝、そしてその中心をなす御陽気修行という「宝」を自らのものにしていただきたく願うことです。